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今思えば発達障害の特性が出てたのかなと思う子ども時代の話①

子ども時代を振り返ってみると「ああ、周りの子とは少し違ったな」と思う自分のエピソードがいくつも思い出されます。

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今回はその中の一つ「今すぐやりたがる」について書いていきます。

※両親や周りに対して酷い事をしてしまったと今では悲しい気持ちになっています。

「今すぐ!!」

子ども時代の私は今以上にとにかく好奇心旺盛でした。

テレビでキャラクターショーのCMが流れると「見に行きたい!」、新しいゲームやおもちゃのCMが流れると「これ欲しい!」、お菓子のCMを見ては「これ食べたい!」、名探偵コナンのアニメを見ては「私も探偵になる!」、自分と同じくらいの歳の子がテレビドラマに出ているのを見ては「私も女優さんになりたい!」と言いました。

急に「野菜炒めが食べたい!」と言って深夜に料理を始めたり、「いとこの〇〇ちゃんと遊びたいから連れていって!」とせがんだり、「カブトムシを捕まえるんだ!」と言って雨の日に虫取りあみを掴んで山に入ったり、「絵を書こうと思うけどなにかリクエストを10個ちょうだい!」と突然の無茶振りをしたりしました。

わんぱくな女の子だといえばそれまでですが、親を困らせたのは「今すぐやりたい!」と駄々をこねて聞かなかったことです。

ザーザー雨が降っているのに「今すぐカブトムシを捕まえに行きたいから虫取りあみを出してくれ!」とか、みんな寝ようとしているのに「お腹がすいたからこれからすぐ野菜炒めをつくる!」とか、キャラクターショーは週末なのに「これから行く!ダメなら映画でもゲームでもいいからなにかそのキャラクターで今すぐ遊びたい!」とか、「あのお菓子が今すぐ食べたいからスーパーに連れていって!連れて行ってくれなきゃもうここから動かない!」とか、「今すぐ絵のお題を10個くれ!どうしても!今すぐ!早く!!」と深夜に近所迷惑も気にせず叫び続けるとか。

当然そんなワガママは通用するわけもなく、「何言ってるの!」「いい加減にしなさい!」と叱られることになります。

自分の要求が通らないとわかってもひたすらダダをこね、しまいには親を責めます。

「自分の娘が可愛くないのか!」「どうしてわかってくれないんだ!」「どうせ私なんていらない子なんでしょ!」「それでも親か!」と本当に今思えば最低な子どもでした。

同じ症状のあるお子さんを最低だと言っている訳ではありません。

当時の自分の様子と、それと闘っていた両親のことを思うと自分は最低だったと思えて泣きたくなるのです。

それでも親は「Chikarin!ちゃんおめでとう。大きくなったねぇ!」と誕生日を祝ってくれ、手を繋いで買い物に連れて行ってくれました。

思い出すだけで涙が滲みます……。

親に迷惑ばかりかけた子ども時代

さらに多動があり、夢遊病の気もあったので、寝る前には病院で処方された睡眠導入剤を飲み、夜中に寝ぼけて動き回るので階段には赤ちゃんの落下防止用の柵が欠かせず、買い物に連れて行ってもすぐ迷子になるので目が離せない、少し大きくなっても部屋の片付けが全くできず、家事の手伝いもまともにできない。

家庭訪問では先生から「整理整頓ができません」「きちんと机について授業が受けられません」「保健室登校が続いています」「もう少し周りと仲良く歩調を合わせられたらいいのですが……」とチクリチクリと言われる。

そんなことが続いた子ども時代でしたが、私が高校生になって多動が落ち着いてきて少しは周りと合わせることができるようになってきた頃母親が私にもらしたことがありました。

「本当に、育児ノイローゼになる一歩手前だった」

たった一度だけぽつりともらしただけでしたが、私はこの言葉を一生忘れることができません。

私はそれだけ酷い子どもでした。

妹が生まれて、母は救われたそうです。

妹は私と違って多動もなく衝動的に何かをすることもないおとなしい子でした。

本当に本当に迷惑ばかりかけてきました。

目に付いたものは今すぐ見たい、触りたい!

気になる音は今すぐ近くに行って聞きたい !

気になったことは今すぐ質問したい!

思いついたこと、思い出したことは今すぐやりたい!

やりたいことは今すぐやりたいのです!

出来なければ自分でもどうしようもないくらいそわそわして落ち着いていられない

そしてこの感覚は誰にもわかってもらえなくて、自分でもどうすればいいのか分からなくて学校でも家でも「わがまま言わないの!」「いい加減にしろ!」「そんなことばかりいうならもう知らない!」とただただ叱られるばかりでした。

イライラと不安が積もりに積もって、円形脱毛症になりました。毛を抜く癖もあったので、抜毛症でもあったのかもしれません。治ってははげを繰り返し、隠すために防止を着用していた時期もありました。

また、SOSの出し方もわからず強がって、ケンカをふっかけてみたり、そうかと思えば誰かの気をひこうと「死んでやる!」と教室から飛び降りようとしたり、屋上の柵を乗り越えたり、じっとしていられなくて授業中突然教室を飛び出したりもしました。

先生
先生
「なぜそんなことをするの!?なにか嫌なことがあるなら言いなさい」

と言われても、何故そんなことをするのか自分でもわからなかったし、何が嫌なのか本当はどうして欲しいのか分からないしうまく説明出来ないのです。

だから「みんなが嫌いだから!ウザイから私の目の前から消えてくれ」「そんなことも分からないなんてお前は教師失格だ!親失格だ!」と八つ当たりをしていました。

クラス会で友達全員を1人ずつ謝らせるという会を開いてもらったこともありました。

そして、その後も私の行動は変わりませんでした。

だって、根本の原因は私の頭の中にあるのですから。

特定の誰かに何かをされてイライラしていることが根本の原因ではない。

これでよく見捨てられなかったな。

当時の友達は今でも同窓会に私を呼んでくれます。

私は感謝すべきです。

感謝してもしてもしきれません。

振り返れば振り返るほど子ども時代から衝動性の強さや社会と合わせられない問題が酷くあらわれていたと思います。

私はこれでも病院を勧められることもなかったし、行こうと思ったこともありませんでした。

むしろ、基本的には明るく、元気に挨拶もするし絵を描いたり体を動かすのも好きだし、授業やイベントには積極的に参加するし(しすぎて怒られたけど)、元気いっぱいな子どもなので「Chikarin!ちゃんはいつも元気だね!こっちまで元気をもらうよ!」「考え方がユニークだよね!」と笑ってもらえることも多かったのです。

今思えば……

私は2000年に小学校を卒業したのですが、私が子どもだった頃は発達障害は一般的にはあまり知られていませんでした。

問題がある子ではあったけど、知的な障害や遅れはなく、勉強にはついていけていたので、誰も多動や注意欠陥の障害を疑う人はいなかった。

最近発達障害の問題がメディアでも取り上げられるようになって、今改めて考えると私には発達障害の特性は子ども時代こそ酷く出ていたんだなぁと思います。

あの頃周りの大人の誰かが発達障害を知っていたら……もしかしたら何かが変わっていたかもしれないなぁと思うことがあります。

お子さんの発達障害を疑うママさんパパさんへ

子どもさんの発達障害を疑って病院へ行く事をためらう親御さんもいらっしゃると思いますが、私は疑いがあるなら病院を受診する事をオススメします。

当事者である私が今子ども時代を振り返って、あの時受診できていればよかった……と心からそう思うからです。

私は、じっとしていられない事で大人に叱られて周りから白い目で見られても落ち着いていられない自分を自分でどうすればいいのか分からなかったし、何度決意しても忘れ物やなくし物が直らない、他のみんなは当たり前のようにできていることが自分には何故かできない。

こんな自分の葛藤を言葉でうまく伝えられないもどかしさ、理解してもらえないもどかしさでずっとストレスを抱えていました。

自分はADHDという脳の特性を持っていて、苦手なことと得意なことにバラツキが大きい。

「苦手なことを改善するには、他の子よりも周りのサポートや自分に合った工夫が必要になるんだ」と、ちゃんと説明してもらって分かっていれば、大人のアドバイスも少しは素直に聞けていたかもしれないし、自分が何故他の子と同じようにできないのか分からなくて悩むことも無かったと思うのです。

発達障害の診断を受けたからといって、「私には発達障害があります!」とみんなに言って回らないといけないわけではないし、こちらから言わない限り診断を受けていることは基本的にはバレません。

むしろ、当事者の自尊心を保つために、自己肯定感をこれ以上下げないために、適切なサポートを受けるために、相談できる場所や人を作るために、私は当事者として受診をオススメします。

ご意見ご感想があればお気軽にお願い致します(^^)